コラム

◆目次
①“日本人らしさ”のルーツと和解 

①“日本人らしさ”のルーツと和解 令和8年1月18日

年明け早々一月一〇日にNHKの知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の⁉巨大噴火が“日本人”を生んだ⁉という番組において新しい事実が紹介された。…

◆目次
①日本民族は南からやって来た 
②縄文時代がもつ意味を考える 
③私たちは何処から来たのか 
④「古代DNAで迫る 日本人の来た道」を見て 
⑤縄文人とアイヌの関係 
⑥最近の遺伝子研究から見えてきたこと~日本人のご先祖様 
⑦後期旧石器時代の世界と日本 
⑧古代エジプト文明を築いたのは縄文人 
⑨サピエンス日本上陸~夷の誕生 
⑩世界各地から縄文土器が出土する 
⑪『縄文のムラと暮らし』 

①日本民族は南からやって来た 令和7年2月18日

北海道中央バスのCBツアーズに参加して道東の遺跡や博物館を見学してきました。…

②縄文時代がもつ意味を考える 令和7年2月26日

近年になって縄文時代の評価が急上昇しているように感じる。縄文の真の姿が次々と明らかになってきた。20世紀後半の思想界をリードした…

③私たちは何処から来たのか 令和7年3月14日

 どんな本を読んでも、日本民族の渡来を書いてあるものは、すべて北方進入説を説いていました。…

④「古代DNAで迫る 日本人の来た道」を見て 令和7年4月8日

 4月6日(日)にNHKEテレが放映した「サイエンスZERO 最新報告 古代DNAで迫る 日本人の来た道」を見ました。そして驚きました。…

⑤縄文人とアイヌの関係 令和7年4月17日

 多くの学者は「アイヌは12~13世紀頃に北から北海道に渡ってきた北方民族」だと説いていました。アイヌ語と現代日本語はまったく別物であると説明する人もいました。そうした中でも、アイヌは縄文人の子孫であると考えております。…

⑥最近の遺伝子研究から見えてきたこと~日本人のご先祖様 令和7年5月24日

 近年の遺伝子解析における技術革新には目を見張るものがあります。以前はミトコンドリアDNAを用いていましたが、これは母親の情報が娘を通して伝えられていくものです。…

⑦後期旧石器時代の世界と日本 令和7年6月23日

 日本列島にホモ・サピエンスが初上陸したのは今から約3万8千年前が確実とされますが、最近は4万年前と言われ始めています。約4万年も前からホモ・サピエンスによる日本列島の歴史は始まっているのです。…

⑧古代エジプト文明を築いたのは縄文人 令和7年8月1日

 古代エジプト人の全ゲノムを初めて解読した研究結果が7月2日付けで学術誌「ネイチャー」に発表された。…

⑨サピエンス日本上陸~夷の誕生 令和7年10月21日

 アフリカで誕生したホモ・サピエンスは約3万8千年前には日本列島に上陸している。それが初上陸は約4万年前になると指摘され始め、更に遡る可能性も出てきている。ただ、今回は確実なところは約3万8千年前としておく。…

⑩世界各地から縄文土器が出土する 令和7年11月5日

 バヌアツから一四点の縄文土器が出土したという話を聞いたことがあるでしょうか。フランスの考古学者が発掘したものでしたが、日本の考古学者はこれを否定した。パリの人類博物館が、慶応大学から寄贈された土器と、出土物を取り違えたのだという。…

⑪『縄文のムラと暮らし』 令和7年12月8日

 今回は縄文時代のムラの様子を見てみましょう。皆さんも、おそらく聞いたことがあると思いますが、縄文人は竪穴住居に住んでいました。本州では床面を数十センチメートル掘り下げているのですが、北海道には二メートル以上も掘り下げた大型竪穴住居が存在しています。…

◆目次
『大和朝廷vs邪馬台国』宣伝 
②神武東征・船出の地を訪ねて 縄文アイヌ研究会 主宰 澤田健一 
③天の磐船 
④日本民族の三重構造(裏付け) 

①『大和朝廷vs邪馬台国』の宣伝令和6年1月21日

昨年(令和5年)12月6日にNHKBSで放映されたフロンティア「日本人とは何者なのか」をご覧になられた方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。…

②神武東征・船出の地を訪ねて 縄文アイヌ研究会 主宰 澤田健一令和6年6月5日

 去る5月30日(金)に㈱データマックスの児玉会長のご案内により、神武天皇が東征に向けて船出された美々津の里を訪ねてきた。児玉会長は博多から鹿児島までお越しくださり、…

③天の磐船 令和6年7月7日

日本神話では日本民族の祖先は天の磐船に乗ってやって来たと伝えられている。
アイヌ神話でも舟に乗って天から降りてきたということになっている。そして太古のアイヌは風に…

④日本民族の三重構造(裏付け) 令和6年8月13日

以前に「日本民族の三重構造」という説明をしました。
HPの中にある「コラム」欄の⑦がその項目になります。…

◆目次
①アイヌは縄文人の子孫なのか 
②アイヌが縄文人の子孫だとする画期的な研究成果 
③吉野ケ里の石棺~あやつこ 
④あやつこ考 

⑤長距離外洋航海の証拠 

⑥アマゾンから縄文土器が出土する 

⑦日本民族の三重構造 

⑧「今まで信じていた常識って何だったんだろう」 篠田謙一
 

①アイヌは縄文人の子孫なのか令和5年10月3日

「アイヌは縄文人の子孫ではない」
「アイヌは北方民族である」…

②アイヌが縄文人の子孫だとする画期的な研究成果令和5年10月6日

縄文アイヌを執筆し始めた頃は、アイヌを北方民族だとする意見が大勢を占めていました。
明治以降にアイヌと呼ばれるようになった人々は江戸時代までは蝦夷人と呼ばれていました。…

③吉野ケ里の石棺~あやつこ令和5年10月10日

令和5年春、吉野ケ里で首長層の墓とみられる石棺が発見されたとの報道があった。
それを開けるというので何が出てくるのかワクワクしながら見ていた。…

④あやつこ考令和5年10月12日

方言覚書 – NDL Digital Collections
今回は上記「方言覚書」のなかの『阿也都古考』の記述から見ていく。…

⑤長距離外洋航海の証拠令和5年10月22日

後期旧石器時代の日本民族は長距離の外洋航海が本当にできていたのか?
これの証明が出来なければこの後の話はすべて空理空論になってしまいます。…

⑥アマゾンから縄文土器が出土する令和5年10月25日

アマゾンから縄文土器が出土しているということをご存知でしょうか。
日本の学者は一切口にしませんが実際に現地の教科書ではそう記述しているそうです。…

⑦日本民族の三重構造令和5年10月30日

これまで「日本民族の二重構造」ということが指摘されてきました。
縄文時代末期に朝鮮半島から渡来人(つまりは朝鮮人)が日本列島に渡ってきて、…

⑧「今まで信じていた常識って何だったんだろう」 篠田謙一令和5年11月2日

重鎮・篠田謙一博士が明治以来100年間の常識に間違いがあったことを認め始めました。
【落合陽一】「今までの“常識”って何だったんだ」 定説が覆りまくる